でもって、肝心のストーリーは?
 
 

序章

零一「やれやれ、今日も疲れたな」
 大学を何とか卒業し、俺は公務員になった。まあ、公務員ではあるがキャリア組とは違って、高給や定年後の天下り等とは無縁の地味な存在である。

 日々の仕事に追われ、余り高いとは言えない給料を貰いながら年を取り、そして定年退職する・・・・。安定と退職金だけが取柄の職業だ。大学に入るために上京してそのまま住み付いたせいで、都内に勤務地のある役所を選んだわけだが、今にして思えば、どうせ公務員になるのであれば地元に帰ってからでも良かったかもしれない。
  地方・・・特に俺の出身地のようなかなりの田舎では、公務員ともなれば今だ高いステータスを誇り、親も鼻が高く、見合いの相手にも事欠かない。
 俺のような慎ましく生きようと考える小市民にはピッタリの条件である。まあ、今更そんな事を考えても始まらない。この20年近く続いている就職難の時勢に、就職浪人とならなかっただけでも儲け物だろう。

電車を降りて商店街を抜け、駅から10分の所に俺が住んでいる公営住宅がある。
  この家には課長に勧められてつい2ヶ月前に引っ越してきたばかりだ。
 『たまたま一戸建ての公営住宅が開いているんだが、今なら敷金礼金無しで月3万で住めるぞ』などと言われ、断る理由も無く借りたのだが、結果はかなり満足している。
 何しろ条件が良い。以前住んでいたアパートとは全く比べ物にならないぐらいだ。
  引っ越す前に住んでいたそのアパートは、1DK風呂トイレ別で月8万円という、社会人1年生にとってはかなり負担の大きい部屋だった。しかも、築15年なのであちこちに結構ガタが来ていて、おまけに流しや風呂のパイプを通って下水の臭いが上がってくるという、最低な部屋だったのだ。
  本来ならワンルームにでも住めば良かったのだが、そうもできないわけもあり、我慢して住んでいた俺としては、上司の言葉は渡りに船だった。
  そして、今はこの境遇に満足している。別に、他に借り手が決まるまでの暫定期間のみというわけでも無く、俺が出たいと思った時まで今の条件で借りていて良いらしい。しかも、契約更新料も無く、出ていく時に”できる限り”原状復帰していれば良いそうだ。
  話がうますぎる気もするが、誰かが俺を嵌めようとしているってのも考えづらい。大方、幽霊でも出るのかもしれない。まあいいさ。俺は心霊現象の1つも経験した事が無いぐらい霊感が弱いし、家に1人で住んでるわけでもないから、幽霊なんて気にする必要などないだろう。
  第一、幽霊ぐらいでこの家を放棄してしまったら、絶対後悔するに決まっている。
 ………でも、都営って事は都が管理してるって事だよな。当然だけど俺がこんな家賃で借りてるって事は、家賃で賄い切れないところは税金で補填されるって事か?
 公務員の俺が都営住宅をこんな形で借りている事が市民団体にばれたら、大騒ぎになるんじゃないか?
 ………まあ、いいさ。俺は言われた通りの条件で借りてるだけでやましい事なんてなにも無い。
 俺に罪は無い………はずだ。
零一「ただいま〜」

小夜「お帰りなさいなのら〜!」(喜)
零一「ああ、ただいま。さてと、風呂風呂〜」
小夜「ご主人様、ちょっと待ったなのら」(普)
零一「ん?何だ?」
小夜「今日は家(うち)に入るためには小夜ちんクイズに正解しなければだめなのら」(普)
零一「クイズ?勘弁してくれ、面倒臭いよ」
小夜「ぷんすか〜!小夜ちんの言う事を聞かない子は家に入れてあげられないのら!」(怒)
零一「えぇ〜!………まあいいか、じゃあ、早く出してみな」
小夜「じゃあ、いきま〜す………小夜ちんクイズ〜〜!!さあ、ノーヒントの問題です」(普)
小夜「さて、答えは一体何でしょう?」(喜)
零一「お、おい、何だよその問題は!!」
小夜「チッチッチッチ………」(普)
零一「ちょっと待てってば………まったく、お前はいつもハイテンションだよな」
小夜「えへへ………誉めてくれたから、ヒントをあげるのら。ヒントはご主人様の好きな物なのら」(喜)
零一「だから、ヒントじゃなくて、問題をなんとかしろって」
小夜「ご主人様はワガママなのら………じゃあ、改めて問題です。今晩のおかず当てクイズ〜〜!!さあ、ヒントはご主人様の好物です」(普)
小夜「さて………今晩のおかずは………一体………鶏の唐揚でしょうか?」(喜)
零一「へ?」
小夜「チッチッチッチッ」(普)
零一「ええと………『はい』」
小夜「ブッブ〜!! ご主人様、『はい』なんて食べ物は無いのら、もう一度良く考えるのら」(普)
零一「あのさぁ、もう一回問題出し直してみ」
小夜「え?ひょっとして、質問を忘れたのらか?もう、ご主人様のお馬鹿ちんには困ったものだよなのら。じゃあこれがラストチャンスなのら」(普)
小夜「小夜ちんクイズ〜〜!!さて、今晩のおかずは、一体、鶏の唐………から………」(喜)
小夜「………あわ、あわわわ、あわわわわわわ」(慌)
小夜「こ、今晩のおかずは一体何でしょうか?」(困:小声)
零一「え〜と、そうだな〜さっき小腹が空いて、役所のみんなでフライドチキンを食べたしな〜。鶏の唐揚だったら嫌だよな〜」
小夜「ひ〜ん。ご主人様、小夜の事いじめちゃだめなのら〜!」(泣)
 ………
 ……
 …
小夜「ねぇご主人様、残った唐揚は出汁とタマネギと卵で綴じて、唐揚丼にして明日のお弁当にするから、お役所でチンして食べるのら」
零一「ああ」

あの去年の大流星雨の翌朝、俺は近所に捨てられていた小夜を拾った。最初は変な捨て猫だと思っただけだった。でも、俺も猫が好きで、いずれは飼おうと思っていたからペットOKのワンルームに住んでいたわけで、この時も猫として不細工なのも愛嬌だろうぐらいに思って、何のためらいも無く拾って育てる事にしたのだ。
 しかし、その事に気付いたのは翌日だった。拾ったのは猫じゃなかった。彼女はメイドだったのだ。
 あの日、メイドを拾ったのはどうやら俺だけではなかったらしい。理由は判らないが、日本を中心にして、環太平洋諸国全体にメイドが突然大量発生したのだ。学者の中にはあの流星雨が関係していると言う者もいたが、結局真偽は今でも闇の中である。
 ともかく、あの日を境に正体不明のメイドが異常発生し、日本中が大騒ぎになったのだけは確かだ。
 出現したのはメイドと言うだけあって全て女性、しかも、若い女性だった。
 それゆえに、俺と同じで猫か犬だと思って拾ったのに、翌朝になってみたら女の娘になっているんだから、夫婦喧嘩になった家も多かったと聞く。
 それに比べて俺のような独身の男は大抵は喜んでいる方が多かったようだ。でも、やっぱり彼女がいるヤツは大変だったらしい。
 何故なら、一度主人と認定してた人間に手を出されたメイドは、その相手を一生の主人と認定して、例えどういう状況であってもその相手から離れなくなってしまうからだ。
 追い出したとしても何日でも玄関の前に立っているし、例え引っ越しても、どうやって調べるのか解らないが、どこまでも追いかけて来るそうだ。
 そんなこんなで日本中が少なからずパニックになっていたが、政府の対応は以外に早いもので、家政婦保護法が発布され、彼女達は難民に順ずる扱いにされる事になった。
 拾った時には子猫ぐらいの大きさだったのに1日で成人女性並の体型に変わった彼女達を人間として扱うのは、事故死したメイドを司法解剖した結果、我々人間と体の機能が全く変わりない事が証明された事による所が大きい。
 また、彼女達は一般の外国人よりも日本社会に対する適応力が強いせいか、生活習慣における不慮のトラブルも極端に少なかったのも早期決着を決断させる一因といえるだろう。
 そして、主人と結婚したメイドは日本国籍が与えられる事になり、その結果、かなりの数の夫婦が誕生することになった。


小夜「ねぇ、ご主人様、美鈴ちんに続いて、今度は四丁目の香澄ちんが結婚する事になったそうなのら」
 香澄ちゃん?ああ、小夜のメイド友達で、背の高い、八百屋に住んでる娘か。
小夜「にゅにゅ〜。小夜もあやかりたいのら。ねえご主人様、ご主人様ぁ………なんだ、聞いてないのらか………」
零一「………」
小夜「あ〜あ、うまやらしいのら」
零一「それを言うなら羨ましいだろ」
小夜「ぷんすか〜!!ほら、やっぱり聞こえてる。都合悪くなると聞こえない振りするのは良くないのら!」
 小夜と住み始めて既に1年になろうとしているが、俺はまだ彼女に手を出していない。手を出すと結婚する事になるのだが、俺には小夜との結婚を結婚を躊躇する理由が幾つかある。
 まずは、メイド達はなぜか多産な事だ。結婚した彼女達の中で、早い者はもう子供を産んでいるが、例外なくは少なくても三つ子を、多い場合は六つ子を産んでいる。しかも、妊娠期間も短く、中には妊娠後半年ぐらいで出産している場合もあるようだ。
 結婚した彼女達に対する異例ともいえる優遇措置も、政府が解決策の見えない少子化対策として期待している部分があるからだろう。
 政府はメイドと結婚した者に多額の補助金を出し、生まれた子供にもその数に応じてやはり補助金を出す事にしている。しかし、補助金を貰ったとしても、子育てには金が掛かるわけで、今の俺にはそれは非常に辛いのだ。
 まあ、それ以外にも色々理由はあるのだが、取り合えず、今の俺には彼女と結婚するつもりはない。だから、手を出すのを我慢しているのだ。まあ、同じ家に住んでいるし、嫌っているわけでもないのだから、正直言って理性が飛びそうになる事もあるにはあるのだが………。

小夜「ねえ、ご主人様。明日も今日と同じ時間に出勤するのら?」(普)
零一「ああ」
小夜「じゃあ、もう寝たほうがいいのら。」(普)
零一「そうだな………」
小夜「小夜はもう少し起きてて、取りためてたビデオを見て寝るから、ご主人様は先に寝てていいのら」(普)
零一「そうか、あんまり夜更かしするんじゃないぞ」
小夜「わかってるのら」(喜)
零一「じゃ、お休み」
小夜「お休みなさいなのら」(喜)

(翌日:ニワトリ)
小夜「ご主人様、いってらっさいなのら」(喜)
零一「ああ。いってきます」
小夜「あの、ご主人様………その………」(照)
零一「ん?」
小夜「『行ってきます』の、『チュー』をして欲しいのら………」(照)
零一「こ、今度な」
小夜「にゅ〜。また今度なのら。ご主人様の『今度』と未着工の整備新幹線は、何時まで経っても実現の目途が立たないのら」(困)

零一「い、いってきま〜す!」

ふう。小夜は段々積極的になってきてるよな。
 このまま力押しされたら最後には………。
 う〜ん………俺としても、今は結婚したくないだけで、『最終的には結婚してもしょうがないか』なんて思い始めているんだが、それにしても………。
 あ、いけね。弁当忘れて来ちまった。唐揚丼か、どうしよう………。戻って取りに行くにはもう時間が無いし、しょうがないな、諦めるか。
 (役所内)
 先輩「やあ、零一君。おはよう」
零一「あ、どうも。阿名護さんおはようございます」
阿名護「どうした、浮かない顔して?」
零一「いやぁ、メイドが作った弁当を忘れて来ちゃいまして。給料が安いから余分な金を使わないようにしてるんですが………あ〜あ。やっぱり今日は昼飯抜きだな」
阿名護「ははは、災難だったな。そういえば小夜ちゃんって言ったっけ?零一君ちのメイド」
零一「ええ。あっ、そう言えば、阿名護さんの奥さんもメイド出身でしたっけ?」
阿名護「ああ。でも、あんまり関係ないねもう。はじめのうちは『ご主人様』『ご主人様』って呼ばれていい気になってたけど、」
阿名護「子供ができた今では『アンタ〜! 何やってんの〜〜!!』だよ」
零一「そうなんですか?」
阿名護「ああ。今では普通の四つ子の母だ」
阿名護「なんかの拍子でタンスに仕舞ったエプロンドレスを見た時に『そう言えばこいつってメイドだったよな』なんて思い出すぐらいでさ………」
阿名護「まあ、君も小夜ちゃんと結婚して子供ができれば直ぐにそうなるさ」
零一「そうなりますか?」
阿名護「絶対にそうなるな」
零一「間違い無しですか」
阿名護「間違い無しだ」
零一「世の中そんなもんですか?」
阿名護「世の中そんなもんだ」
零一「結婚なんて夢も希望もないですね」
阿名護「いや、そこまで酷くもないんだがね」
零一「ん?」
阿名護「おや?何か、廊下のほうが騒がしいな」
零一「どうしたんでしょうね………な、何だっちゃ〜!!」
阿名護「???」
零一「何で小夜がここに来てるんだよ?!」
小夜「あわあわあわわわわわ。ご、ご主人様、やっと見つけたのら!」(慌)
小夜「ここにたどり着くまで、すんごく迷ったのら」(泣)
零一「迷うって………ここはビルの入口から入って直ぐの部屋だろ?何で迷うんだよ?」
小夜「屋上から順番に廻ったら、ここが最後だったのら」(泣)
零一「え?屋上から?何でまたそんな事………」
小夜「だって、建物に立て篭った敵は上の階から駆逐していくのがセオリーなのら」
 (泣)
零一「………何だそりゃ?」
小夜「にゅにゅ〜。あ、それはそうと………」(普)
小夜「ぷんすか〜!!」(怒)
零一「い、いきなり怒るなよ、俺が何したってんだ?」
小夜「ご主人様、せっかく小夜が作ったお弁当を忘れて行ってはだめなのら!」(怒)
零一「あ、悪りぃ。そうだったな」
小夜「お弁当忘れたら、牛丼つゆダクを頼んで、店員が脇見をしている隙を窺いつつ紅生姜を一ビン使ってお腹を満たす、気まずくも味もまずいお昼になってしまうのら!」(普)
零一「はぁ、そうですか。まあそれはそうと、いやぁ、助かったよ。ありがとう………」
零一「ん?あれ、何だろう。蓋が開いてご飯が少し減ってるぞ」
小夜「ギク〜ッ!!」(困)
零一「おいおい、持ってきていきなり摘まみ食いぐいかよ」
小夜「ち、違うのら。帰る時に迷わないように、小夜ちん忍法『通った曲がり角にご飯粒を落すの術』をしてきたのら」(困)
零一「ば、馬鹿!さっさと掃除して来い!」
小夜「はいなのら〜!」(普)


 (時間経過)


零一「掃除終わったら帰っていいよ」
小夜「だめなのら。ご主人様はお弁当忘れたバツとして、今日は小夜とここで一緒にお弁当を食べるのら。小夜は、お昼までご主人様の仕事振りを参観してるのら」(照)
零一「え?ちょっと、やめろよ、恥ずかしいだろ………第一、他の人の邪魔だって!」
小夜「大丈夫なのら。さっき偉そうな人の許可を貰ったのら」(喜)
零一「偉そうな人?」
小夜「あそこに座っているサバンナ戦専用おじさんなのら。おじさ〜ん、いいですよね〜…………ほら、おじさんが『うんうん』って言ってるのら」(喜)
零一「こら小夜、おじさんってお前、あれは課長だぞ………済みません課長、直ぐ帰らせますので」
零一「いいから帰れよ!それから何だよ、そのサバンナ戦専用おじさんってのは?失礼だろ?『このキットにパイロットは付いてません』ってのじゃあないんだから」
小夜「課長のおじさんがただ者の民間人じゃない事ぐらい、小夜には一発で解ったのら。あれはサバンナでの戦闘で敵から見付かりにくいように迷彩を施しているのら」(普)
零一「どこが?大きな声じゃいえないけど、あれは紳士服量販店で買った2着セールの安めの“吊るし”だぞ?」
小夜「服じゃないのら。匍匐全身の時に、ほら、あのシマウマみたいな頭がムグゥ………」(喜)
零一「ば、バカ!………い、いや、課長、ジョークですよIt’s a Jokeネェ!HAHAHA!!」
零一「あれ、やっぱり怒ってます?ははは………小夜!やっぱ、お前は帰れ!!」
(時間経過)
職員A「小夜ちゃ〜ん、これコピー10枚ね」
小夜「はいはい」
零一「…………」
職員B「小夜ちゃん、これ、3階に届けてきて!」
小夜「はいはいなのら」
零一「…………」
阿名護「何だか完全に馴染んじゃったね」
零一「ええまぁ」
阿名護「やっぱり、『サバンナ戦専用おじさん』が効いたよな。それに、古い言い方だと『職場の花』ってやつかな」
零一「でもその分、心なしか一部女性職員からの強い反感のオーラが感じられるんですが」
阿名護「気にすんなって。ねぇ小夜ちゃん、俺と零一君と、ええと課長にお茶!」
零一「阿名護さんまで!いい加減に小夜を構わないで………」
小夜「はいはいのらのら」
 (時間経過)
小夜「ふぅ、ご馳走様でしたのら!」(喜)
零一「あ〜あ、本当にここで食べやがった」
小夜「ご主人様もおいしかったのら?」(喜)
零一「ん、ああ。ま、まあな」
阿名護「くっくっく」
零一「ちょっと阿名護さん、頼むからあっち行ってて下さいよ!」
零一「それから、みんなもこっち見てないでさっさとお昼に行ったらどうですか!昼休みもあと20分しか残ってないんですよ!」
零一「小夜も、もうお願いだから帰れよ。いい加減にしないと、首輪付けるぞ」
小夜「ひ〜ん、首輪を付けられると力が抜けるから嫌なのら。それに、言われなくても帰るのら。今から帰ってテレビで映画を見るのら」(泣)
零一「じゃあな。お疲れ様」
小夜「あわわわ、もうこんな時間。早く帰らないと間に合わないのら!」(慌)
零一「ビデオはどうしたんだよ」
小夜「今持ってるテープに空きがないのら。だから後でまたお買物のお釣りをちょろまかして小夜ちん専用テープを買うのら」(普)
零一「ちょろまかしてって………俺の使ってないやつを使っていいよ」
小夜「それはダメなのら。一度ご主人様のを借りると、今度はご主人様が小夜のテープを使って良い事になって、小夜の大事なテープに上書きされるのら」(普)
零一「だったら、気を付けとくから消しちゃ駄目なヤツのタイトルだけあらかじめ言っとけよ」
小夜「うん。じゃあ『馬鹿が戦車でやってくる』と『拝啓天皇陛下様』は永久保存版だから消しちゃだめなのら」(普)
零一「どうゆう趣味だよいったい。で、今日帰って録るやつは何だよ」
小夜「『兵隊やくざ』」(喜)
零一「………」
零一「分かった。趣味の方はいまいち理解できないけど、お話は良く分かりました。ですからもう、帰ってください」
小夜「あわわわわ。こんな事してる間にも時間が〜。早く帰らないと勝新の大暴れが見れないのら〜〜〜!!」(慌)(se:ピュー)
 ………
零一「はぁ………」
阿名護「いやぁ〜、零一君も大変だねぇ」
零一「ええ、まぁ………」
課長「五月戸君、ちょっと上の部屋まで」
零一「は、はい」
阿名護「おっと、ご愁傷様」
零一「はぁ、今日は災難だよな。ったく」


 (烏鳴き声)


 課長が呼んだのは小夜の事で俺を怒るためではなかった。
 …………
課長「五月戸君。まあ、掛けたまえ」
零一「済みません課長。今日は申し訳ありませんでした」
課長「いや、別にいいんだ。頭の事なんて、ゼ〜ンゼン気にしていないんだからね!」
 やべぇ、ムッチャ気にしてるよ………。
課長「それよりどうかな、新しい住まいは?」
零一「え?は、はい。最高です。でも、本当にあんな所に住まわせてもらっていいんですか?」
課長「ああ。君さえ良ければ何時までも住んでいていいんだよ」
零一「有難うございます」
課長「どうだね、この先もあそこに住むつもりかね?」
零一「はい、できれば」
課長「じゃあ、1つだけお願いがあるんだが、聞いてもらえるだろうかな?」
零一「えっと、何でしょう?」
課長「実は君が上の方から他省庁への転属の対象者に選ばれていてね」
零一「リ、リストラですか?」
課長「馬鹿言っちゃいけない。栄転だ栄転。実はこの度、全く新しい機関が設置されてな、君にはそこに移ってもらおうと思っているんだ」
零一「ええと、どういった仕事ですか?」
課長「国家特別保健官。通称『メイドハンター』という仕事なんだが、解って貰えるかな?」
零一「………え、ええ。漠然とですが何となくは想像がつきますが」
課長「ここに、仕事内容等をまとめた資料がある」
零一「見せてもらえますか」
課長「いや、だめだ」
零一「え?」
課長「極秘のプロジェクトでな。実は私も中を見る事が許されていないんだ」
零一「じゃあ、受けるも何も、判断ができないじゃないですか」
課長「そうだ。だが、君はここで決断しなければならない」
零一「もし、断ったら?」
課長「ええと、まあ残念だが今の家は出てもらう事になるな。それに戒告と減給、様々な業務上の嫌がらせ………」

零一「ちょっと待って下さい。それじゃあ、断りようがないじゃないですか!」
課長「いや、別に断ってもらっても私としては一向に構わんよ」
零一「メイドハンターを受けるか受けないか、それだけですか?」
課長「いや、実はもうひとつ新しい機関が設置されてな」
零一「はあ」
課長「そっちは勤務地が少し遠いんだが、住むところは今より広い所になるな。それに空気が綺麗で健康に良い。どうだ、メイドハンターよりはそっちを選ぶか?」
零一「じゃあ、そっちでお願いします」
課長「遠いぞ!」
零一「関東ですか?」
課長「ああ。東京都だ」
零一「何だ、それを早く言って下さいよ。どう考えてもそっちがいいじゃないですか」
課長「勤務地は東京都小笠原支庁小笠原村の南硫黄島。無人島だ」
零一「え?………そんな所で何をするんですか?」
課長「最近、我が国の近海の海底を測量している一部周辺国不審船が横行しているのを知っているな」
零一「ええ。潜水艦を安全に航行させるためには、そういう事が必要だそうですね」
課長「その通り。だが、あそこは我が国の領海だ」
課長「しかも今回は、我が国政府が大々的に進めている『沖ノ鳥島恒久的防護外殻建設計画』通称PETプロジェクトを睨んでの事らしい」
課長「ようは、沖ノ鳥島と硫黄島周辺を結ぶ航路を探査してこの計画の進捗を妨害するための調査だそうだ」
課長「当然だが『我が国に対する主権の侵害は阻止する』というのが政府の見解だ」
零一「はあ。じゃあ、そこで接近して来た船を監視して防衛海上保安省へ連絡する役目ですか」
課長「それだけではない。見つけたら警告をするのも仕事だ」
課長「しかも、非公式見解では『主権の侵害は』と『阻止する』の間に『実力を以ってしても断固』という文言が入っている」
課長「もし、その警告を無視された場合は、担当官が実力で排除する事になるな」
零一「担当官って私ですか?」
課長「う〜ん………君が監視している時にそういった事態が発生した場合はそういう事になるかねぇ………」
零一「私以外に何人ぐらい配属されるんですか?」
課長「君一人だ」
零一「何だっちゃ〜!!………でも、そもそもそれは、防衛海上保安省の仕事でしょ?!」
課長「確かに法律上はそれも可能だ。だが、防衛海上保安省が実力で排除したとなると、マスコミや職業市民の方々がうるさくてねぇ………」
零一「職業市民?ああ、あの方々ですか………でも、それは誰がやっても同じでは?」
課長「マスコミには警察のような組織って事にしておくそうだ。警察の発砲については最近はあまりうるさくなくなったからな」
零一「むちゃくちゃですね。で、どれぐらいの期間ですか?」
課長「う〜ん………後任が見付かるまでって聞いているから、見つからない場合は一生って事もあるんじゃないかな?」
課長「どうだ?小夜ちゃんと2人で赴任して子供作って、その子供と親子2代の離島駐在監視員。そのうち君の一生が感動巨編としてドラマ化されるかもな」
課長「どうだ、グッとくるシチュエーションだろ?」
零一「え、でもそれって、島流しみたいなもんですよね」
課長「島流し?とんでもない。給料はノンキャリアにしては破格にいいぞ!しかも、生活品も官給だ。金なんて使うところも全く無いから貯まる一方だ」
零一「全く使え無いんだったら、高給も意味無いでしょうが」
課長「それに心配するな。真面目に勤め上げれば、いつかは御赦免船もやってくるさ」
零一「御赦免船って、やっぱり島流しじゃないですか!」
課長「で、メイドハンターと島流………監視員。どっちにする?」
零一「ちょっと待って下さいよ、それで、何で私が選ばれたんですか?」
課長「え〜と………言い難いんだけど、君さ、組合に入ってないだろ?」
零一「ええまあ」
課長「組合に入っている人間を転属させるのは、かなり骨が折れてねぇ。組合との折衝とか、色々面倒なんだよ。何かあると、すぐ裁判沙汰になっちまうし………」
零一「じゃあ、今から俺も組合に入ります!」
課長「もう組合とも話がついているんだ」
課長「『組合員から犠牲者を出したという事実は、現委員長の経歴に傷がつく。延いては後の国政参与時のアキレス腱と成りかねない』だそうだ」
課長「だから、今から組合には入れんよ、君は」
零一「何だっちゃ〜!!大人はみんな汚ねぇよ」
課長「いいかい、ノンキャリアの君もいずれは中間管理職になるだろう。その時に解るが、ノンキャリア中間管理職はキャリアと組合には勝てないんだよ」
零一「そりゃぁ見てれば解りますけど!でも、だからって理不尽な………」
課長「そこはそれ、グッと我慢だ。それに君もこんな、私みたいなショッパイ中間管理職になりたくなかったら、ここらで一発、チャレンジしてみるってのもどうかね?」
課長「監視員とメイドハンター。どっちも、上司無し部下無しの1人の気楽な仕事だぞ」
零一「………」
課長「さて、どっちを取るかね?」
零一「メイドハンターの方は期間的にどれぐらいですか?」
課長「さあ、良く解らんがね。ただし、今の家を一生ただで借りられるそうだ。それに、任務中は出勤する必要もない」
課長「どうだ。やるかね」
零一「これ以上の説明はしてもらえないんですよね」
課長「ここに、署名してくれれば同意したとみなして、私が上から伝えてもらった残りの情報を全て伝えよう」
零一「………。解りました。やります。今の家から出たくありませんし、島流しはご免です」
 ………
 ……
 …
零一「これでいいですか?捺印は?」
課長「いや必要ない。有難う、感謝するよ五月戸君。いやぁ、君が納得してくれないと、私がメイドハンターをやる事になる所だったからね!」
零一「ああ、そうですか………もういいです。で、あの、メイドハンターって、最近騒がれている『のらメイド』を狩る仕事ですよね」
課長「ああ。かの流星雨の翌日から出現したメイドだが、米国の調査機関が極秘に調査した結果、どうやら彼女達は地球上の生命体ではないと結論付けられたらしい」
零一「まあ、あんまり驚きませんけどね。でも、それって………」
課長「ああ。一般には公表されない事に決定されたよ」
零一「そんな………」
課長「幸い、個体数が上昇しているとは思えないし、成体変態後の彼女達やその子供には、遺伝子情報を含めて普通の人間との差異は全く見られないとの事で、当面の危険はないと判断したようだ」
零一「でも、将来的には………」
課長「そこでだ。これ以上、のらメイドによる被害から一般市民を守るために、のらメイドを捕獲して一箇所に集める事にしたのだ」
零一「だから将来に問題が残る可能性が………」
課長「もう、解っただろ?捕獲するのが君の仕事で、集めるその場所というのは、君の住んでいるあの家だ!」
零一「そういう事じゃなくて、事態の根本的な解決になってないでしょ?」
課長「当然だが、今後捕獲したのらメイドの処遇が決定されるまで、君が面倒を見る事になる」
零一「答える気、無しですね」
課長「詳しくはこの指令書に書いている。それから、知っての通り、凶暴化したメイドは我々生身の人間では歯が立たないほどの戦闘力を持っている」
課長「そこで、ここに用意したハンタースーツを着て戦う事になる。中は家で開けたまえ」
零一「はぁ、ハンタースーツですか?」
課長「さて、たった2人だけだが、ここで略式の任命式を行う」
零一「………」
課長「五月戸零一官、本日を以って貴官を国家特別保健官に任命する。宣誓の必要はない。以上だ!」
零一「………はい」
課長「今後はスーツと一緒に入っている任務の手引きに従って行動してくれ。お疲れ様、今日はこれで帰っていいよ」
零一「ええと、明日は」
課長「え?いや、明日から君は役所に来なくていいから。っていうか来ないでくれ!君の席にはバイトのアケミちゃんが座る事になっている」
零一「はい?アケミちゃんって事務次官行きつけのノーパン懐石の?」
課長「私物はまとめて後で送っておくよ、じゃあ元気で。アディオス、アミーゴ!」
零一「アミーゴって、課長、もう少し話を………待って下さいよ………」
 (携帯音)
課長「おっと携帯に電話だ、失礼。はい………あっアケミちゃん?OK!バッチリさ、だからご褒美に、こう、グッと来る………」
 ………
 ……
 …
 改めて考えても、無茶苦茶な話だ。やっぱりこれって、どう考えても体のいいリストラだよな………。


≫作品一覧(Archives)